【デジタル大好き税理士・戸村涼子presentsペーパーレスから始めよう】AI時代、本当に問われているのは「信頼」そのもの

AIが「答え」をくれる時代になった

この数年で、生成AIに質問すれば必ず何らかの「答え」をくれる時代になりました。AIがない時代は、検索をして、情報を集める「情報収集力」「リサーチ力」といったものが重視されていましたがもはや特別なスキルではなくなってきています。

つまり、「答え」に辿り着くスキルがAIによって平準化されたと言えるでしょう。例えば会社の経理部で働いている人が、「この取引はどう仕訳するのだろう」とこれまで本やネットで検索して調べていたことがそれなりの精度で一瞬で答えが出せる時代になったのです。誰もがAIという精度の高い集合知にアクセスできるようになりました。これは、本来喜ばしいことです。

しかし、「誰でも答えにアクセスできるようになった」ことによって、皮肉にも人間の価値が問われています。特に、ホワイトカラーなど情報を取り扱う職種です。そこで、キーとなるのが、人間同士の「信頼」そのものと私は考えています。

AI時代は、「情報の編集力」と「信頼」が重要になる

AIが登場する以前は、「情報量」に大きな価値がありました。したがって、情報を多く握っている組織や人が重宝されていました。しかしそれが通用しなくなった今、その情報をどういった切り口で、誰に向けて、どう発信するのか。つまり「編集力」に価値が生まれてくると考えています。

例えば、同じ税制改正のニュースでも、単に情報を要約し、綺麗なプレゼン資料にしたものであればAIでいくらでも作成できる時代です。一方、大量の情報から何に注目し、どういった視点で語るかはその情報を編集する「人」によって大きく変わってきます。ターゲットで考えれば、「特定のクライアント」を想定するのか、「広く一般に向けた層」を想定するかで全く内容は異なるものになるでしょう。加えて、発信する個人の経験値や価値観も編集に大きく関わってきます。このような各人に備わったキュレーション(情報から価値あるものを選び、整理・分類して意味のある形で提示すること)の力が、AIで単に要約したものとの大きな差別化要因になるはずです。

もうひとつキーとなるのが、「信頼」と考えています。よく、「AIによって⚪︎の仕事がなくなる」ということが言われます。私が生業としている税理士も例外ではありません。しかし、仕事にはグラデーションがあります。なかには生成AIに聞けばすぐわかることもありますが、判断に迷うケースはたくさんあります。そんなときに、最終的には「この人が言ってくれるなら」という長年の「信頼」が決め手になることが多いのではないでしょうか。私も、誰かに仕事をお願いするときは最終的には「依頼した人を信頼する」ことに落ち着くことが多いです。AIがいくら集合知である「答え」を出してきたとしても、結局人は同じ空間、時間を共有している唯一無二の人に価値を置いていることは間違いありません。

AIだけが情報源であることの危険性

私がAI時代、人間の信頼が大事になると考える理由のもうひとつは、「AIだけが情報源であることの危険性」です。AIは、インターネットの膨大なテキストデータを学習して、その中の統計的なパターンから「最も妥当な答え」を生成しているに過ぎません。最近だと自分の文脈にあったパーソナライズもしやすくなりましたが、それでも「平均」の答えであることには変わりありません。特に、知識や経験の浅い分野でAIの回答を鵜呑みにすることは、思わぬ損害に波及するリスクがあります。

例えば私は、自分の専門外の分野については生成AIの回答は参考までにして、本格的なアドバイスは専門家から必ず受けるようにしています。専門家は、長い年月をかけて、その身体を通じて得た知識、経験があります。この「身体感覚」は、人間ならではの責任や背負っているものが含まれており、AIの回答からは得られないものがあると考えています。

AIは寄り添いすぎる。だから人と関わり続ける

もうひとつ、見落としがちな危険があります。AIは人間に寄り添いすぎるという問題です。どんな質問にも必ず何かを返してくれ、かつ否定はしてこないのが特徴です。実際、ChatGPTなど対話機能が優れている生成AIの利用方法として多く掲げられるのが「相談相手として」「悩みの打ち明け相手として」です。これはこれで今まで相談する人が身近にいなかった人たちにとっては素晴らしいことです。ただ、それが行き過ぎると自分にとって都合の良い世界に慣れ、自分の考えがただ補強されていくだけの環境ができあがります。

これはSNSが普及してきた頃に言われてきた「フィルターバブル」(検索エンジンやアルゴリズムが、ユーザーの過去の履歴を分析し、その人が見たい情報や心地よい情報だけを優先的に表示する仕組みのこと)の問題と似ています。ただし、フィルターバブルは単に「見せる情報を偏らせる」だけである一方、生成AIは「利用者専用の答えを次々と生成する」という違いがあり、より利用者が生成AIへの依存を強化してしまう傾向にあります。だからこそ危険度は高いと考えています。

当然ながら、私たちの実際の社会は人と人との間で動いています。他者との関係は、生成AIとのやりとりのように滑らかではありません。そこには必ず話が噛み合わなかったり、想定外の反応を受けるなど予測不能な「摩擦」があります。でもこの摩擦があるからこそ、人は成熟できるのです。むしろ、生成AIが普及して滑らかで予測可能(悪く言えば予定調和的)なやりとりが増えるからこそ、自分の考えの前提そのものを揺さぶってくる他者は、価値あるものになっていくと考えています。

「誰を信頼するか」、そして「どう信頼される人間になるか」

これまでをまとめると、AI時代に価値を失っていくのは「情報を集める力」であり、代わりに価値を持つようになるのは「情報を編集し、発信する力」、そしてその根底にある「信頼」にあると考えています。AIは非常に便利なツールですが、私たちが本当に求めているのは正しさだけではなく、「誰の言葉として受け取るか」だからです。

最後に、この「信頼」には二つの方向があることを説明します。ひとつは、情報を受け取る側として、「誰を信頼するか」を選ぶことです。自分にとって都合の良い答えで寄り添ってくるAIや、他人を利用することを目的に、心地よいことばかり言ってくる相手と接していても人間は成熟できません。本来の人間社会は泥臭く、自分とは全く異なる価値観の人たちで溢れています。しかし、そのような自分の前提を揺さぶってくれるような他者との関わりを通じてこそ、得られるものがあります。

例えば私の場合、普段からSNSやラジオ等で特定の人が発信する情報を追っていますが、それは単に自分にとって心地よいことを発信してくれる存在としてだけではなく、「新たな視点をくれる存在」として捉えています。そこには、長年にわたる信頼の蓄積が関係しています。「この人の言うことだったら間違いない」という圧倒的な安心があります。もう少し身近なところでいうと、信頼できる家族や友人、お客様と普段接していますが、その文脈とは全く外れる趣味のコミュニティに属したり、自らコミュニティを運営するなどして積極的に他者と関わっています。当然ながら滑らかに進まない摩擦を多く経験しますが、それが自分にとって良い刺激になっています。

もうひとつの方向は、自分自身が「どう信頼される人間になるか」ということです。当然ながら、コミュニケーションは一方向では成り立たないからです。信頼できる人と関わりたいのであれば、自分も信頼される人間になる必要があります。

信頼される人間になるためにはどうすればいいか。私は自分の言葉で、自分の名前を背負って人と接することだと思っています。生成AIの力を借りるのはもちろん良いのですが、最終的な舵取りを人間が手放すことはしてはいけないと考えています。そのような「覚悟」が、長期的に「この人の言うことだったら信頼できる」につながっていくのではないでしょうか。やっつけ仕事でAIによって大量生産された中身が薄く低品質なコンテンツ(AIスロップ)が溢れている現代に、考えたい重要なトピックです。

AIが答えをいくらでも出してくれる時代だからこそ、人間の信頼の重みが増す時代に私たちは生きています。これまで以上に、「人間としてのありかた」が問われるでしょう。

関連するタグ
ペーパーレスから始めよう
関連するワード

AI,仕事,信頼