【デジタル大好き税理士・戸村涼子presentsペーパーレスから始めよう】AI・デジタル時代、ゆるいつながりが価値をもつ

AIに質問すれば、たいていの「答え」は返ってくる時代になりました。それに加えて、デジタル化はさらに進み、滑らかなやり取りで多くの仕事やプライベートがストレスなく進められるようになっています。コミュニケーションも例外ではありません。コロナによってチャットなどテキストによるコミュニケーションが主流になり、同じ時間に同じ場を共有する必要性が以前よりもなくなりました。さらに、AIの登場によっていくらでも「話し相手」が作れるようになったのです。

このような正解に溢れ、限界まで効率性を極めた状態でそれでも「人とつながる意味」はあるのでしょうか。私は、あると思っています。むしろ、AIやデジタル化によってますます人と人とのつながりの大切さが問われている気がしてなりません。そのキーワードが、AI・デジタルと身体性を軸にした「ゆるいつながり」と考えています。

強いつながりが持つ、良さと重さ

ゆるいつながり」の対極となる「強いつながり」について触れておきたいと思います。強いつながりとは、従来メインであった家族や会社のような距離が近いつながりのことです。これらの関係は多少の摩擦があっても簡単には切れない連帯感というメリットがあり、ゆるいつながりでは得難いものです。

ただその一方で、デメリットもあります。強さは重さと表裏一体です。簡単には切れないということは、関係がこじれてしまった場合にも逃げられないという縛りを生み出します。さらには、強いつながりは閉鎖性と紐づいていることが多く、新しい視点を取り入れづらく、ステレオタイプになりがちです。

従来は、このような強いつながりを持つことが正解とされ、その中で一生を終えることが普通でした。しかし周知のとおりここ何十年かで強いつながりの意識は薄れ、個人は個人として生きることが主流になりました。メディアがお茶の間のテレビからインターネット・スマホに移り変わったことも影響しているでしょう。その結果、デジタル上の知り合いが増えたにも関わらず、多くの人が孤独を感じているようです。

とはいえ、「もう一度、生身の人との接点を取り戻すべきだ」とは思いません。家族や会社に回帰するのは現実的ではないからです。強いつながりか、ゆるいつながりか、どちらか一方を選ぶ必要はなく、うまく強弱をつけることが大事だと思っています。家族や会社のような簡単には切れない強いつながりを持ちながら、ゆるいつながりを持つことも可能です。そのバランスが、今の時代にはちょうど良いのではないでしょうか。そしてそのバランスを保つ入口として、AI・デジタルを賢く使えると考えています。

AI・デジタルを入口に、偶然に出会う

インターネットの進展によって、私たちは遠く離れた人とも簡単につながれるようになりました。最近だと、SNSの自動翻訳機能が優れていることもあり、言葉の壁も乗り越えられるようになっています。私が子どもの頃はインターネットもなく、人とつながるためにはリアルで対面するしかありませんでした。当然、物理的に出会える人は限られ、その範囲で自分の価値観と合う人を見つけるのはとても大変なことでした。一方、SNSやオンラインコミュニティは、距離や所属を超えて、これまで接点がなかった人や場に出会うきっかけを大きく広げてくれました。さらに今は、AIが登場したことによってより個人に最適化された出会いの機会が増えています。これはとても大きなメリットです。

ただ、ここで気をつけたいのは「最適化されすぎた世界では新しい発見が少ない」ということです。わかりやすいのはアルゴリズムの仕組みで、これまでしてきた検索キーワードや、AIに対する質問によって、私たちが受けとる情報はどうしても偏っていきます。結果として、自分の心地よい人や情報だけが集まってきます。それのどこが悪いのか?と思われるかもしれませんが、皆さんの人生の中で、自分を変えるきっかけとなった人・状況を思い浮かべてみてください。決して自分に最適化された心地よいものではなかったはずです。私の場合は、たまたま出会った、耳に痛いことを言ってくれる人の存在や、痛い経験が人生を変えるきっかけになっています。ここでキーワードとなるのが「偶然」です。

最適化された世界の先にある偶然

AI・デジタルはあらゆる入口にはなるけれど、偶然の出会いに関しては弱い。それでは、偶然の出会いをどう作るか。ここで大事なのは、最適化できる部分と、あえて最適化しない部分を分けて考えることです。私は、最適化できる部分はAI・デジタルによってとことん進め、そこで生まれた余白に偶然を委ねる、という順番が大事だと考えています。

例えば、私は仕事に対しては業務効率化含め最適化を極限まで進めています。デジタル化を前提に、紙を一切使わないといったことです。プライベートでも、自分軸を大事にしており、朝のルーティーンや食べるものなどのルールを決めて行動しています。偶然は、最適化された生活があるからこそ生まれるものであって、混沌からは生まれません。だからこそ、「まずはAI・デジタルをとことん使って効率化する」という風潮は間違いではないと思っています。私も、AIの恩恵を受けて自分に合ったお客様と出会い、プログラミングで業務を効率化するなどの最適化を日々しています。

ただ、このような最適化を進めるだけでは自分の価値観をガラッと変えるようなものには出会えません。そこで、あえて自分のルールから外れるようなことをしてみる余白を大切にする、という考えが出てきます。

AI・デジタルを使って最適化するところはとことん最適化して、それ以外は偶然の出会いを探る。そんなバランスがAI・デジタル時代のキーになっていく気がしています。

ゆるいつながりの価値

こうした偶然を大事にする発想の先にあるのが、ゆるいつながりです。先ほど説明した強いつながりと反対に、ゆるいつながりの特徴としては、

  • 出入りが自由
  • 役割や目的が不明瞭
  • 同じ価値観でなくてもいい

が挙げられます。これらの特徴が、単一の価値観がなくなった今の時代には意味を持つと考えています。

まず、「出入りが自由」は非常に大事です。先ほど説明した家族や会社は出入りが簡単にできないつながりの代表例です。これだけだと人間は束縛を感じやすいでしょう。そこで、そのような強いつながり以外の出入りが自由なつながりをいくつも持っておくことで、バランスを保てます。

例えば、私はメルマガ読者限定でオンラインコミュニティを運営していますが、出入りが自由なオープンな形にしています。積極的な参加も強制していないし、「参加したい人だけが参加して、辞めたい人はいつでも離れてOK」という雰囲気を作っています。このような風通しの良さが、ゆるいつながりの大きな特徴です。

ただここも先ほど説明した通り「最適化の先の偶然」は大事にしていて、「メルマガ読者限定」というルール(最適化)が先に存在します。ここを「誰でもOK」などとしないことが大事で、ある程度の最適化をした上で、その中で誰がどういう行動をするのか、その先に生まれるものは何か、といったものは偶然に任せています。

次に、「役割や目的が不明瞭」であるのもゆるいつながりにとって大事なポイントと考えています。例えば、コミュニティ内で読書会などのイベントを行う場合、主催者が不明瞭な状態で行うこともあります。これは、提供する側、受け取る側、といったふうに会社のような組織にありがちな「役割」から解放されるためです。会議のように、アジェンダも作りませんし、着地点も最初から決めません。「ただ一緒に何かについて話す」ことが第一で、結果をコントロールしない、偶然の出会いを大切にしています。

目的についても同じことが言えます。私は登山コミュニティにも参加していますが、各人によって目的は違います。体力をつけたいという人もいるでしょうし、山の景色を楽しみたい、人と話しながら自然を満喫したい、目的はそれぞれです。共通しているのは「山が好き」ということだけ。でもそれでゆるいつながりは構わないのです。強いつながりのように、生活を維持したり利益を追求したりすることを考える必要はありません。

3つ目が、同じ価値観でなくてもいい、ということです。会社などの組織では、「ビジョン」を全社員で共有することが大事になりますが、ゆるいつながりではそれは重視されません。むしろ、違うことを楽しめる場が良いと思っています。ここで対比として出したいのがSNSです。SNSは「身体性のないアカウント」「言葉の応酬」「短期的なバズり」の特性があり、どうしてもイデオロギーのぶつかり合いになりがちです。一方、ゆるいつながりは一回限りの関係で終わらずゆるく継続し、かつ個人の歴史に紐づく身体性があり、イデオロギーのぶつかり合いになりにくいです。SNSで自分と違う発言を見かけてモヤモヤするのは、このような関係の継続性や身体性がないからだと考えています。

多少考えが違っても関係が壊れない。ただ一緒にいるだけでいい。そんなゆるいつながりが、AI・デジタルによって最適化されすぎた世界には必要ではないでしょうか。

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