2026年もよろしくお願いします。新年になると、今年の抱負や目標を掲げる人は多いのではないでしょうか。しかし、私を含め、周りで年始にたてた目標を達成できている人は少ないように感じます。そこで、です。
なぜ1月に宣言した目標は続かないのか
日本における「1月に目標を宣言する」慣習は、制度と大きく結びついています。例えば、学校では「書き初め」という行事があります。年始に、今年の抱負を書いて、1年頑張ろうという意思表示をします。会社でも、年始には社長の挨拶があったり、今年の数字目標が発表されることもあるでしょう。いずれにしても、1月は「特別な月」として、何かしら周りに宣言してスタートダッシュをする、ということが当たり前のように行われています。
ただ、私はこの慣習にある程度の効果があることは認めつつも、あくまで行事、儀式として捉えています。なぜなら、前述したとおり1月にたてた目標が継続することは少なく、数ヶ月も経つころにはすっかり忘れていることが多いからです。
なぜ1月にたてた目標は持続しないのか。それは、「意志」という頼りないものに支えられたものだからと考えています。新年は特にフレッシュな気持ちなのでどうしても大きな目標を掲げがちです。「やるぞ!」という意志がみなぎっていることでしょう。しかし、いざ新年になって仕事、プライベートと忙しくしているうちに、数ヶ月経つころには目標はあっという間にどこかに消えてしまった経験をされている人は多いでしょう。目標を目指して頑張ってきたことを途中でやめるのは罪悪感が伴います。ときには「自分は意志が弱いから続けられない人間なんだ」と落ち込むこともあるでしょう。しかし、そもそも人間はエネルギーの高い状態を維持することはできません。疲れている日もあれば、誘惑が多い日に意志が揺らいでしまうこともあるでしょう。だからこそ、そういったが大切と考えています。
意志に頼るのではなく、システム化する
例えば年末に、
「来年から、毎日2時間英語を勉強する!」
といった目標を掲げたとしましょう。
よく見かける目標だと思います。「具体性がない」「明確な目標じゃない」など、ツッコミは多くあるものの今回は違う視点で見ていきます。
そもそも、「その人の1日に2時間も余っているのか」ということです。忙しいビジネスパーソンが、2時間自分だけの時間を確保するというのは、実は非常にハードルの高いことではないでしょうか。
時間管理の観点からは、「無駄な時間を減らす」方法もよく掲げられます。例えば、ダラダラスマホやテレビを見ている時間を勉強に充てよう、という発想です。もちろんそういったことも必要ですが、人は身についた習慣をそうそう変えられません。無理に自分を厳しく律しようとすると、逆に辛くなってしまいます。
私はむしろ、「楽しく」続けるために、今の生活習慣をあまり変えずに、仕事や生活の中に勉強の時間を「システムとして」取り入れてしまうことをお勧めします。
英語の勉強であれば、自分が好きな分野の動画を「英語で」見る習慣です。勉強用の動画だとどうしても「勉強させられている」感覚になり、「2時間」という時間ばかりにこだわってしまいます。自分が好きなコンテンツであれば、時間を忘れてみることができます(もちろん、受動的にみるのではなく、英語を学ぶ姿勢で能動的に見る必要はあります)。リーディングも同じで、テキストではなく、自分が好きなジャンルの記事や本を「英語で」手あたり次第読んでみることをお勧めします。自分が知りたいことであれば、誰に言われなくても「ついやってしまう」状態になれます。
このように、「英語を勉強する」から「英語で学ぶ」に切り替えてしまえば、仕事や生活そのものが学びの場となります。どこにも存在しない「2時間」を確保する必要がなくなるのです。
健康維持に関しても、「ジムに週2回通う!」といった目標を掲げがちですが、大きな行動変化を伴うので継続させるハードルは高いです。そこで、「電車通勤しているところを、一駅分歩く」というように、今している行動の中に目標を入れ込んでしまうことがお勧めです。
私の例で言うと、健康維持のために毎朝30分程度の散歩かジョギングをするのが日課ですが、そのときに同時に耳で英語を聞いて学んでいます。こうすることで、「健康維持する」「英語を学ぶ」時間を一気に獲得できます。
趣味においては、「ピアノが上達したい」というふわっとした目標がありますが、「1日1時間練習する!」とガチガチに固めるのではなく「仕事の休憩期間中にリフレッシュするために弾く」ことをしています。こうすることで無理なく毎日楽しく練習が続けられます。
写真も好きなので撮影スキルを上達させたい、という目標もあります。ただ、写真教室に通ったりするのは非常にハードルが高いので、無理なく続けられる方法として「散歩するときは必ずカメラを持っていく」ハードルの低い方法を選んでいます。カメラが手元にあれば、おのずと「撮りたい」と思える場面に遭遇しますし、量をこなせば写真の腕も上達していきます。
他の目標も同じで、なるべく今の生活習慣を変えずにを考えると自分に合った無理ない方法が思いつくはずです。
目標宣言ではなく、小さな習慣から
私は組織を離れてひとりで仕事していることもあって、ずいぶん前から1月に具体的な目標を立てるのをやめています。その理由は、あまりに具体的な目標を立てるとその目標のために今が手段化されるからです。とはいえ、「自分にとって意義があると思える仕事をしたい」「自分の価値観を変えられるような経験がしたい」といった抽象的な目標はあるので、そのために日々できることを「小さな習慣」として持っています。
また、何か達成したいことがあるならば1月からじゃなくて今日から始めればいいと思っています。来年から!と先延ばしする時点で、期待値が過剰で、力が入りすぎている証拠です。
例えば、「来年TOEIC900点を取る」という具体的な目標を考えましょう。これも、何も考えないと「1日2時間勉強時間を取る」というどこにあるかわからない余剰時間や意志力を夢見てしまいます。そうではなく、自分でも拍子抜けするくらいハードルを下げ、日常の中にシステム化することをお勧めします。例えば、通勤電車の中で居眠りしていた時間を使って好きなトピックの英語を聞く。同僚と取っていたランチを一人に切り替えて、ランチ後に文法問題を1ページだけ解く。ゲーム感覚でできるアプリをスマホにダウンロードして楽しくスコアUPする。夜、漫画や雑誌を読んでいた時間を自分が気になるトピックの英文記事のリーディングの時間に変えてみる。やはりここでもポイントは「無理なく」「楽しく」「システム化」することです。もちろん期限は意識しなければなりませんが、まずは「小さな成功」を積み重ねることからがスタートです。
目標を達成する際に「宣言する」効果が挙げられます。その理由として、「人に宣言することでやめられなくなる」「やめると人にわかってしまうので恥ずかしい」といった人間の心情があります。
ただ、私はそもそも「人からどう見られているか」を気にしている時点でその目標は本当に達成したいことではない気がします。自分が心からやりたい、達成したい、と思えるような目標であれば人の目は気にならないはずだからです。もちろん、組織の中であれば「評価」がつきまとうので一概には言えないのですが、ここでいうのはもっと大きな人生の目標のことです。
その観点からいうと、自分が掲げた目標を軌道修正したり、やめたりすることは全く問題ないと思っています。その目標は、意志が弱いから続かなかったというよりは本当にやりたいことじゃなかった可能性もあるでしょう。
このように、目標について周りではなく自分起点で考えれば、と思っています。

ここ数年のAIをはじめとするテクノロジーの進化によって、数年単位でたてた具体的な目標がすぐに陳腐化してしまうリスクは高まっています。このような変化の激しい時代には、「具体的な目標に向かって一直線に頑張る」よりも、であると考えています。
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