「デジタル大好き税理士」という肩書きで書いているコラムなのに、「デジタルを脱ぎ捨てて」という見出しは意外かもしれません。実は、筆者はデジタルを多く活用しますがその分デジタルを脱ぎ捨てる時間もとても大事にしています。その一番の目的は、「五感を鍛えること」です。この記事では、を書きます。
なぜ五感が大事なのか
デジタル・AI時代にはあらゆるものが「見える化」されます。現代に必須となったスマートフォンは、「あなたはこれが欲しいですよね?」「あなたはこれを知りたいですよね?」とあらゆるリコメンドをしてきます。最近は、何をするにも「AIを使って聞いてみる」といった機能がついているサイトが多く、人間が自分の頭で考える時間がどんどん減っています。
SNSでは「エコーチェンバー」(自分に最適化された情報だけを摂取することで、それがあたかも世の中の一般的な意見であるかのように誤解してしまう現象)が以前から問題視されています。エコーチェンバーが強化されると、自分と違う考えの人を受け入れる柔軟性がなくなっていきます。
AIが加速することによって、逆に仕事がしんどくなったという方も増えています。中途半端な回答をすると、「こんなのAIに聞けばわかる」と思われてしまう。AIは毎回違う回答なので、相手に合った回答に自分でチューニングする必要があります。その結果、完璧を追い求めすぎてしまうこともあります。
これらのしんどさに共通するのは「余白のなさ」です。自分で考える前に、デジタルが、AIが勝手に情報を連れてきてしまうのです。一見便利かもしれませんが、重大な見落としがあります。それは、「自分で考える余白を奪われる」ことです。余白がない人間世界は、とても息苦しいものです。
約20年前に出版された「バカの壁」の著者である養老孟司さんは、「脳化社会」(世界を頭の中だけで理解し、処理しようとする社会)という言葉を使い、体と自然がどんどん切り離されていく現代に警鐘を鳴らしていました。AIが進化していき、そのとおりの社会になっていることに筆者も驚いています。脳化社会が進めば進むほど、今目の前に起こっていることを直視せず、自分の頭(もしくはAI・デジタル)が作った世界こそが正しいと思い込んでしまう危険性が高まります。その結果として、複雑な世の中を理解しようとせず、わかりやすい個人へのバッシングにつながります。
だからこそ、デジタル・AI時代には意識的に脳で考えることを離れ、体を使う「五感」が大事になると確信しています。があると考えています。そこで、以下より私が意識的にしている五感を鍛えるためにしていることを書きます。
移動する
まず、「移動する」ことです。ここで言っている「移動」は、毎朝通勤電車に乗って会社に行くなど、定期的な移動ではありません。普段と違う場所に行くことを指しています。
一番身近なのは旅ですね。筆者は、コロナ明けから「1ヶ月に1度程度は泊まりがけの旅に行って、そこで仕事もする」ということを実践しています。なぜ旅が五感を鍛えるのに良いのかというと、普段と違う場所に行くことで、神経を研ぎ澄ませることができるからです。これは外国に行くととても顕著なのですが、不思議と旅の思い出は「有名な場所に行った」「○を食べた」といった象徴的なことではなく、そのときいた場所の匂い、風、話し声など「五感」をフルに活用したものだったりします。そしてそんな五感を研ぎ澄ましている時にあらたなインスピレーション(価値観の刷新や、仕事のアイデア)が浮かびやすいのです。
旅とまではいかなくても、例えばリモートワークをしている人であればコワーキングやカフェで仕事をするだけでも全く違う手応えを得られるのではないでしょうか。その場にいる人たちの気配、エネルギーは自分にも伝染していきます。
住んでいる場所を変えるのもとても良い五感への刺激になります。以前の記事「デジタル大好きな税理士が自然いっぱいの不便な場所に暮らしている理由」にも書きましたが、私は数年前、非常に便利な都会から、周りにほぼ何もない(自然しかない)地域を選んで引っ越しました。このときの変化は今思うととても大きかったと思います。便利な場所ではそれこそデジタルのように、01思考が強い生活を送っていました。例えば周りにはいくらでもカフェがあり、モバイルオーダー(スマホであらかじめ予約して商品を受け取る方法)を活用して店員さんと目を合わせることもありませんでした。でも今はそんな便利なお店は周りにないため店員さんと話す「(ある意味)無駄な時間」が増えました。でもそのことによって。
まだ私は実践できていませんが、2拠点生活、多拠点生活をしている人も増えました。私はこれは五感を鍛えるのにとても良い生活スタイルだと思っています。強制的に、自分のいる場所を変えることによって、リセットができるからです。特に、都心と地方に拠点を持つと、その違いを肌身で感じることもできるはずです。
普段の生活で体を使った楽しむを持つ
最近、友人のお子さん(高校生)が、家のネットが繋がらなくなったときに「何もやることない、つまらない」と言っていたと聞いて、とても考えさせられました。これだけデジタルやAIが進化すれば、「楽しさや刺激は外部から与えられるもの」という考えを持ってしまうのも無理はありません。ですが、こういう時代だからこそ「体を使った楽しみ」を持ったほうが豊かな時間を過ごせるはずです。
とはいっても、フルマラソンをするとか、ジムに通うとか、そんなすごいことを言いたいわけではありません。私が意識しているのは、「普段の生活の中の体を使った楽しみ」です。
私のイチオシは、料理です。料理の良さを感じたのは、コロナ禍のときです。外出制限がかかり、家の中にいることが多くなった時に、仕事の合間に料理をすることが何よりも「五感を研ぎ澄ませる」時間になると気づいたのです。料理にはあらゆる作業が発生します。どういったものを作るかをイメージし(私はレシピではなく材料から考えます)、材料をカットし、炒める・煮るなどの編集を加えていく。これまでは「やらなければならないこと」と考えていた料理が、「クリエイティブな作業」と気づいた瞬間でした。実際、この料理をしているときに、はっとインスピレーションがひらめいたことがありました。体は動いているけど脳の中には「余白」が生まれているからだと思います。最近は自分が食べるものすら「脳化」(単にSNSで自慢したいためにお店へ行くなど)が進んでいます。自分の食べたものは、誰かに自慢するためのものではなくて自分の明日を作っていくもの。こういった小さなことに気づくために、自分の身体知が鍛えられる料理はおすすめです。
他にも、散歩、掃除、家庭菜園、ハイキング、ピアノ練習、お絵描きなど、。
人と話す
AI・デジタル時代には「テキスト」がコミュニケーションツールとして有効です。私自身も、普段の仕事ではほぼオンラインで済ませており、人と会って話す機会は少ないです。
しかし矛盾するようですが、「会わなくて済む」時代だからこそ、人と会って話すことの価値に気づけました。
人と対面でコミュニケーションをしているとき、我々は言葉だけではなくあらゆる五感をフルに使っています。コロナ禍においてテキストベースのコミュニケーションが主流になりましたが、リアルと比べるとその質が下がったと思われた方も多いのではないでしょうか。五感を使わないコミュニケーションは便利ですが、同時に冒頭にも書いた、自分と違う考えの人を受け入れる柔軟性が失われていく気がしてなりません。
これは英語学習においても気づいたことです。私はいま、AIと対話の練習をしつつも、外国に行く、オンライン英会話のレッスンを受ける、など「実際に人と話す」ことを大事にしています。「AIによって英語学習は不要だ」という言説が広まっていますが、AIを通した会話は、五感をフルに使えません。そうなると、伝えたいことが伝わらないのではないでしょうか。完璧な英語を機械で返すよりも、だと思います。

デジタル・AI時代にテクノロジーを使って生産性を上げていくことはもちろん必要です。しかし、それと同時に意識的にそれらから離れ、五感をフルに活用できる場を増やしていくことが、結果としてと考えています。
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